ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)
第百四十九話:「鹿と猿」
2023/10/01
       奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき  猿丸大夫
 
百人一首で有名なこの歌は、鹿の声の哀感と紅葉、秋と言う連想による一つの
情緒を見事に成立させております。
尤も鹿に関する季語は、春の孕み鹿、落とし角、夏の鹿の子、袋角、秋の鹿鳴く、
鹿の角切、冬の紅葉鍋(鹿の肉)と、四季を通じて真に良く観察されています。
ここでは、年中見かける動物でありながら、「鹿」と言っただけで、
秋の季語になっていて変なようですが、古来文人たちが、
深秋、妻恋に鳴く哀切感を歌や句に詠んだからだろうかと思われます。

       ぴいと啼く尻声悲し夜の鹿     松尾芭蕉
       北嵯峨や町を打越す鹿の声     内藤丈草
         朝鹿の身振ひ高し堂の縁      森川許六
       山川やたゆまず渡る鹿の妻     立花北枝
       連句して御室に鹿を聞く夜かな   与謝蕪村
                    鹿も居らず樵夫下り来る手向山   正岡子規
                    蕎麦太きもてなし振りや鹿の声   夏目漱石                                                            
 
一方、猿は日本至る所の山中にいますが、寒猿とか猿の恋とか、
冬の季語にしても良さそうな用語はありますが、不思議に俳句の季語には入っていません。
鹿の声が数々の俳句に詠まれたのに対し、猿の声はどうも古来の俳人たちの
好題目とはされなかったようです。
したがって、猿を詠む句は季語を伴っています。
 
           初時雨猿も小蓑をほしげなり    松尾芭蕉
           声涸れて猿の歯白し峯の月     宝井其角 

珍しく秋の季語に取り上げられているのが、猿酒で猿が樹木の洞や岩の窪みに、
蓄えておいた木の実が、雨露の為に自然発酵して甘美な香りと味がするので、
通りかかった猟師や木樵などが発見して盗み飲むというユーモラスな伝えがあります。
もう一つが、ウイットに富んだ命名で、木の幹に寄生する茸のことを、
猿の腰掛と呼ぶ童言葉的な季語です。
 
           猿酒や鬼の栖むなる大江山     青木月斗
             猿酒にさも似し酒を醸しけむ    水原秋櫻子
           こしかけて山びこのゐし猿茸    飯田蛇笏
                     妻籠宿さるのこしかけ並べ売る   滝沢伊代次    
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