癌(がん)と発癌物質のニュースと解説
アスベストによる健康被害:
被害者訴訟で壊滅したアスベスト関連の米国大企業
2013/10/18

2005年にクボタ、ニチアス、エーアンドエーマテリアルなどによる、
アスベスト中皮腫(mesothelioma)の被害者数公表は、関連業界に拡がり、
大きな波紋を起こしました。
これを受けて2005年7月21日には厚生労働省安全衛生部、経済産業省、
石綿関係業界20団体は、石綿含有製品の代替化の一層の促進、
今後の禁止規制の見直しについて検討を始めました。
アスベストは1924年にはすでに危険性が指摘されていた材料。
日米に限らず、多くの国は、経済の安定と成長が政府と行政の最優先課題。
産業界の保護が最重要政策ですが、結局、米国のアスベスト業界は、
そのつけにより、壊滅的な打撃を受け、倒産後再生したのは、
体力のある国際的な大企業だけでした。

ケベック州(カナダ)のアスベスト採石場.
米国、欧州が輸入禁止後も日本が輸入していた.



1.危険性指摘を無視しアスベスト製品製造を強行した米国産業界
2.アスベスト被害者のクラス訴訟(クラスアクション)(class action)
3.大手マンビル社の倒産と係争の和解条件
4.マンビル社のトラスト・ファンド(信託基金)とは
5.独特な日本のアスベスト被害事情。

  「けい肺(silicosis)」と「石綿肺(asbestosis)」
6.倒産、再生した米国の大手アスベスト関連企業
・ジョーズ・マンビル(Johns-Manville Corporation)
・アームストロング・ホールディングス(Armstrong Holdings, Inc)
・オーエンス・コーニング(Owens Corning)
・ジーエーエフ(GAF Corp)
・ハリー・バートン(Haliburton)
(データは2005年現在)

1.危険性指摘を無視しアスベスト製品製造を強行した米国産業界
イタリア、ギリシャで始まったアスベスト繊維の産業は20世紀に入ると、
イギリスなどを中心にその有害性が指摘されるようになりました。
1924年ごろには、その因果関係を立証する診断がなされ、
アスベストーシス(asbestosis)と名付けられています。

その後も有害性の研究発表が続き、1930年代には危険な鉱物であることが
広く知られるようになりましたが、復興が最優先された第二次大戦後(1945年)の
世界経済は、経済効率追求にしのぎを削ります。
断熱材、防火材、床材などに関しても、パフォーマンスの良いアスベスト使用の
建材が主流となり、危険性は無視されました。
この傾向は関連製品生産量の多い米国で顕著でしたから、
1980年代になると、業界関係者に遅行性の中皮腫(Mesothelioma)が
年間数千人以上も多発。危険性が表面化します。

70年近くも有害性が叫ばれてきたアスベストですから、多くの被害者は
当該企業に賠償を求めて訴訟を起こします。
米国の関連業者のほとんどに対して訴訟が起こされましたが、
すでに疫学的な因果関係立証が容易になっているために被害者の勝訴が続き、
約8,400社にも達していた米国のアスベスト業界は大混乱に陥りました。


2.アスベスト被害者のクラス訴訟(クラスアクション)(class action)
近年の悪性胸膜中皮腫(mesothelioma)の年間新規発生数は
全世界で10,000人から15,000人と言われます。
米国では毎年この数字に近い10,000人が、アスベストによる中皮腫や肺がんなどの
肺疾患により死亡しているとも言われますから、アスベスト関連の訴訟が
増した1980年代ごろには、裁判所の個別審理が難しくなってきました。
そこで、メリーランド州のボルチモアで採択されたのが、原告8,000人以上を統合した、
クラスアクションと呼ばれる集団(団体)訴訟。
この例では1992年に被告の製造会社複数に賠償責任を認める判決が下されています。
この頃から集団訴訟が急増しましたが、敗訴が続いた関連業界は壊滅的な打撃を
受けてしまいました。
訴訟がピークに達する1990年代初期からは、ほとんどの関連業者が
賠償に耐えられずに倒産に向かいました。


3.マンビル社の倒産と係争の和解条件
最も早くから打撃を受けたのは、アスベスト使用の商品群が世界最大規模の
生産量に達していたジョーンズ・マンビル社(Johns-Manville Corporation)。
集中的な訴訟を受け、敗訴が続いたマンビル社は、毎年のように増大する
責任賠償総額が、とどまることなく数十年先までも続くことが予想されました。
結局、1982年に、敗訴による責任賠償金に上限を設けるために、
再生法(チャプター・イレブン*)の適用を申請し、1988年に受理されました。
このとき裁判所から条件として提示されたのが、固有な
トラスト(Personal Injury and Property Damage Settlement Trusts)の設立による和解です。
*チャプター・イレブン(Chapter 11 )。破産法の条項(the Bankruptcy Reform Act)。
1978年に制定された。

4.マンビル社のトラスト・ファンド(信託基金)とは
米国では増加するアスベスト被害に対して、1986年に「アスベスト災害緊急対策法」
(the Asbestos Hazard Emergency Response Act)が制定されました。
これに基づいて財務省内に設けられたのが
アスベスト・トラスト(Asbestos Trust Fund)と言われる信託基金。
トラストは敗訴する企業の賠償金の受け皿となり、認定された被害者に
配分する組織となります。
最大規模の訴訟であるマンビル社の場合は、固有のトラストを設立し、
再生後の利益の20%を毎年このファンドに拠出することになりました。
相次ぐ訴訟でイメージダウンしていたマンビル社は、1996年3月、
所有するリバーウッド社(Riverwood International Corporation)の株式を売却した機会に
社名をシューラー(Schuller Corporation)に変更しました(その後元の社名に戻る)。
このときにトラスト(信託基金)はマンビル社に対して所有していた
利益配分の権利(20%)を株式に転換しました。
これによって、マンビル・トラストは新会社の株、1億2千800万株を持ち、
約850億円(7億7千2百万ドル)の記念配当を受けましたので、
トラストの支払い能力は約1300億円(12億ドル)に増加しました。
古いデータですが、1995年12月現在で、トラストは103,551件のクレームを受理し、
55,000件の和解により、約300億円(2億7千万ドル)の支払いをしました。
その後マンビル社が、広く被害者を救済するためにクレームを受け付ける
インターネット・サイトを開設したため、日本からも100名を超える
被害申請(クレーム)があったようです。
ただし、受理に際して問題となったのはマンビル社の製品によるものかどうかの立証でした。

5.独特な日本のアスベスト被害事情。「けい肺(silicosis)」と「石綿肺(asbestosis)」
アスベストの危険性を無視して生産を強行したのは日本も例外ではありません。
少なくとも25年以上も前から、アスベストによる胸膜中皮腫(mesothelioma)や
肺がんは、関係省庁を含めて、企業関係者の間では広く知られている因果関係。
石綿肺(asbestosis)とはアスベストを原因とする胸膜中皮腫や肺がんなど、
全ての肺疾患の総称です。
日本では炭鉱の粉塵による「けい肺」「塵肺」がより有名でしたが、
これは「石綿肺」同様に珪素を主体とする粉塵に肺が侵されるものです。
米国では「けい肺(silicosis)」はアスベストの「石綿肺(asbestosis)」と同様に、
企業が多額な賠償を要求される訴訟対象ですが、日本では「けい肺」「塵肺」「石綿肺」や
繊維産業従事者の肺疾患を含めて、被雇用者による訴訟事件は稀であり、
企業との因果関係が認められる場合には労災認定で済まされていました。
文化の違いなのでしょう。

今日では大阪中心にいくつもの訴訟がありますが、1980年代の日本でも例外的に
日本アスベスト(現ニチアス)、朝日石綿(現エーアンドエーマテリアル)、住友機械などに
対して数例の訴訟がありました。
裁判記録によれば、1980年のアスベスト訴訟で、日本アスベストと関連工事会社が
敗訴になり、合計約8,000万円を賠償する判決が出ています。
これは関連業界の労務関係者には有名な判決。
この頃から日本でもアスベストと「石綿肺」の因果関係が認知されていたわけです。
胸膜中皮腫は最も悪質ながんの一つといわれており、治療法が限られています。
早期発見での切除が有効と言われますが、自覚症状が出る頃は手遅れです。
最近5年間の日本の中皮腫死亡者は年平均600人前後ですが、漸増しており、
2002年は800人となっています。

このうちアスベスト産業従事者が70%以上を占めるといわれます。
発症に数十年かかる場合が多いとも言われるために、顕在化するこれからは、
死亡者の急増が予想されます。

6、倒産、再生した米国の大手アスベスト関連企業
数千社の倒産で壊滅した米国アスベスト関連業界では、1976年の
ノースアメリカン・アスベスト(North American Asbestos Corporation)の倒産以来、
2004年のハリー・バートン(Haliburton)までに50社以上の大手有力会社が
倒産していますが、体力のある国際的な大手企業に限っては、
トラストによる補償を条件に再生しています。

ジョーズ・マンビル(Johns-Manville Corporation)
1858年創業。1982年に再生法を申請。現在の年間売り上げは
約2,800億円(25億ドル)、
著名な投資家ウォーレン・バフェット(Warren E. Buffett)率いる
バークシャー・ ハサウェイ(Berkshire Hathaway Inc.)の傘下になっています。

・アームストロング・ホールディングス(Armstrong Holdings, Inc)
1860年創業(Lancaster, PA)。 2000年12月に再生法を申請。
日本では内外装建材販売大手のABC商会が35年以上総代理店をしています。
コルク床材からスタートした会社。
現在は総合的な内外装建材製造ですが、特に床材が著名。
日本では主として塩ビ・シート床材、天井材が販売されています。
2004年売上総額は約3,300億円(30億ドル)。
12カ国に42工場を持ち従業員は15,000人。

・オーエンス・コーニング(Owens Corning Co)
1935年創業(Owens-Illinois)
2000年5月に再生法を申請。数千億円のアスベスト補償を求める訴訟を
起こされたと言われる。ガラス最大手の旭硝子が提携していた
米国の大手ガラス製造会社。
技術志向で、旭硝子にはグラスファイバーなど多くの技術を供与した。
2004年の売上総額約5.500億円(50億ドル)。
従業員数は約20,000人。コーニングとの合弁会社であった断熱材の
旭ファイバーガラスはコーニングの技術による断熱材の大手製造会社。

・ジーエーエフ(GAF Corp)
1886年創立。2001年に再生法申請。
床材の大手製造会社東リがシート床材で提携していた。
米国の屋根防水シート(ルーフィング)最大手製造業者。
アズロック・タイルなどアスベスト含有床材製造数社を合併。
アスベスト訴訟をやめさせるためのロビー活動に
巨額の資金を投じたと批判されていました。
2003年の総売上 約2,200億円(20億ドル)

・ハリー・バートン(Haliburton Co)
1919年創立(Oklahoma)。
2004年7月に再生法を申請。
湾岸戦争後の復興事業を大量に受注して物議をかもした会社として著名。
ブッシュ大統領との癒着が指摘されているが、国防長官などを歴任した側近の
チェイニー氏がCEOを勤めていた会社。
石油、ガス関連装置とパイピングなどの建設大手業者。
従業員数約85,000人。
40万人に上る被害訴訟者への賠償として、
約500億円(4.5億ドル)の「けい肺」30年補償トラスト(silica liability trust fund)設立と、
約825億円(7.5億ドル)の「アスベスト肺」50年補償トラスト(asbestos liability trust fund)を
設立すると公表。
ハリー・バートン社の再生法申請は複数の保険会社が反対していました。

初版2005年:7月
改訂版:2013年10月

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初版:2005年7月「アスベスト(石綿)による健康被害その3」
改訂版:2014年10月

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